• 研究開発コラム

肝臓ヒト化マウスの歴史 第1話

はじめに

本コラムでは、3つのカテゴリーに関する話題を提供したいと思っています。第1は、会社の事業と関連したコラムです。第2は、事業と関連した学術的なコラムです。例えば、肝臓ヒト化マウス研究の歴史的背景などです。ここでの狙いは、研究開発というのはこれまでの学術研究に裏打ちされており、ほとんどが小事の積み重ねでその結果大事に至る、わかりやすい言葉で言うと「ローマは一日にして成らず」ということを理解してもらうことを目的としています。第3が、広範な人を対象にした一般的な内容のもので、TG社の理念である「未来に資するとともに世界の人々の健康と豊かな暮らしの実現に貢献する」に合致したコラムです。例えば、「猫を飼うと統合失調症になりやすいのか」というような論文紹介記事、あるいは遺伝学講義シリーズや分子生物学講義シリーズも考えています。

まず第1弾は、事業と関連したトピックスとして「肝臓ヒト化マウス(humanized liver mouse: hLiM)の歴史」を取り上げます。肝臓ヒト化マウス開発には11年かかっていますが、一筋縄ではいかなかった苦難の歴史をご紹介します。

肝臓ヒト化マウスとは、免疫不全マウスでかつマウス肝細胞が死滅するように遺伝子改変されたレシピエントマウスにヒト肝細胞を移植し、マウス肝臓の肝細胞の大部分がヒト肝細胞で置換されたマウスのことです。正常マウスにヒト肝細胞を移植しても拒絶されますので、そうならないようにレシピエントマウスには免疫不全マウスを用います。また、ヒト肝細胞は移植されたあとマウス肝細胞と競合して生き残らねばなりませんので、マウス肝細胞は遺伝子操作によって死滅するようデザインされています。

肝臓ヒト化マウスの必要性や有用性について簡単に紹介しておきたいと思います。このマウスでは、肝臓でヒトの薬物代謝酵素やトランスポーターが発現しますので、薬物の安全性をより正確にテストできるため非臨床試験に用いることができます。また、B型肝炎ウイルス(HBV) C型肝炎ウイルス(HCV)はヒトやチンパンジーには感染しますが、通常のマウスやラットには感染しません。しかし、肝臓ヒト化マウスには感染し増殖しますので、取り扱いの容易な肝臓ヒト化マウスをこれらの研究に役立てることができます。

1.各社で用いられているレシピエントマウス

現在、肝臓ヒト化マウスを用いて事業展開している主な会社とそこで用いられているレシピエントマウスの一覧を表1に示しました。

A社は、「uPA:SCID」を用いており、SCID (severe combined immunodeficiency)マウスでは、 DNA依存性プロテインキナーゼ (protein kinase, DNA activated, catalytic polypeptide: Prkdc)遺伝子に変異があり、T細胞、B細胞が欠損し免疫不全となります。また、マウス肝細胞を死滅させるためurokinase type plansminogen activator (uPA)遺伝子が導入されています。uPA遺伝子にはアルブミン遺伝子のプロモーターがついているため、マウス肝細胞で発現し死滅していきます。

B社は、「B6:FRG (C57BL/6:Fah-/-;Rag2-/-;Il2rg-/-)」を用いており、C57BL/6の背景でRag2 (recombination activating gene 2)およびIl2rg (interleukin 2 receptor, gamma chain)遺伝子を欠損しているため、T細胞、B細胞、NK細胞が欠損し、免疫不全となります。また、フマリルアセト酢酸ヒドラーゼ(fumarylacetoacetate hydrolase :Fah)遺伝子を欠損させており、肝細胞内で毒性のあるフマリルアセト酢酸等が蓄積するためマウス肝細胞が死滅します。

C社は、「 TK-NOG(TK:NOD:SCID;Il2rg-/-)」を用いており、SCIDに加えてNODの免疫不全とIl2rgも欠損しておりもっとも免疫不全状態が重症です。また、アルブミンプロモータを接続したherpes simplex virusthymidine kinase (TK)遺伝子が導入されており、肝臓でTK遺伝子が発現しています。このマウスにganciclovirを投与することによりマウス肝細胞が死滅します。

TGグループでは、「 BRJ:FG (BALB:Rag2-/-;Jak3-/-;Fah-/-;GhhGH/hGH)」を用いており、B社との違いは、Il2rgの代わりにJak3を欠損させています。Jak3Il2rgの下流にある分子ですので、免疫不全状態はほぼ同じです。しかし、背景となる系統はC57BL/6ではなく、BALB/cを用いていますので、ヒト肝細胞の生着がよくなると思われます。さらに、成長ホルモン遺伝子をヒト化していますので、ヒト肝細胞内でIGF-1(インスリン様成長因子-)を作らせ移植したヒト肝細胞の増殖が良くなると思われます。

 表1.各社で用いられているレシピエントマウスとその特徴

画像1.png

では第1回目はここのぐらいにしたいと思います。さて最初の肝臓ヒト化マウスは、uPA:SCIDを元にして作製されましたが、次回はいよいよ肝臓ヒト化マウス開発に向けての第1歩となる報告を紹介したいと思います。